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大学に行くべきか

おはこんばんにちは

がくちょうです。

今日は起業家の子育てシリーズです。

この春から、一番上の娘が中学生になるのもあって、個人的に

どういった方向性で子育てするか

というのを決める必要があります。

今のところ、小学生には、「良質な家庭運営」「コミュニケーションによる問題解決能力」の2つを身に着けてもらい、中学生には「必要性学習に必要な論理力」「探求性学習にたどり着くためのメタ認知能力」の2つを身に着けてもらう、という方向でいったん走っています。

それについて詳しくはこちらの記事▼

起業家の子育て(中学生編)
みなさんおはこんばんにちは がくちょうです。 今日は起業家の子育てというテーマで、ちょっと中学生用のプログラムについて考えてみます。 ちょっと変な子育て 先に言っておくと、私はかなり特殊な子どもの育て方をしています。 これは理由はいろいろあ...

で、今日のテーマはシンプルですが「大学に行くべきか」という話です。

そもそもなぜ大学に行くのか?

この「大学に行くべきか」というのは、結局のところ中学生が始まった時点で「どの高校に行くか」という話が始まり、そうすると必ず高校でも「どの大学に行くか、そもそも大学に行くのか」という話題が付きまとう、という事案のために検討することになりました。

言い換えると、現代日本の教育システムだと、中学生に入った時点で親が「大学に行くべきか」という話については、一定の結論を出せているべきだ、という事です。

私は、本件についてまだ結論を出せていなかったので、ここで方向性を打ち出しておきます。

余談:自分が大学に行って幸せなんだから大学に行くべき、みたいな話について

ちなみに余談なのですが、本テーマについては数年前くらいに、偶然的に自分の父親と軽く雑談の中で触れたことがありましたが、その時に

「お前は大学に行って、結果として今幸せなんだから、やはり大学に行って良かったんじゃないのか」

みたいな方向性の話が出ました。

この論理展開は、まぁロジカルな人なら聞いた瞬間に許せなくなるとは思うのですが、どうも一般的にはよく使用されている思考展開な気がします。

  • 「自分が大学に行って、今の人生にそこそこ満足しているから、子供もなんとなくだが大学に行かせよう」
  • 「自分が大学に行かなくて、今の人生に後悔しているから、子供はなんとしても大学に行かせよう」

の2つですね。子供を大学に行かせる理由を聞いていったら、大半がこのどちらかに収束しそうです。

もう少し抽象化すると、これは「今の自分が幸せなら、そこまでに歩んできた人生は全て肯定される(逆もしかり)」という論理であり、これだけなら安い自己啓発や自分を操るためのメンタルコントロールには非常に有効ではありますが、これが「今の自分が幸せなら、そこまでに歩んできた人生で通過した社会システムも全て肯定される(逆もしかり)」になってしまうと、社会科学的に物事を検討できなくなってしまいます。

そもそも、わざわざ社会をよくしようとする人間は、だいたいの場合「自分に余裕がある」ケースが多く、そこに上記の論理を適用すると「常に社会は現状維持するべき」になってしまいますよね。

もちろん却下です。少なくとも下記4点

  • 自分の幸福と通過してきた社会システムには一定の関係性はあるが、因果関係は非常に曖昧である
  • そもそも幸福の測定は難しいし、別の社会システムならもっと幸せ(または不幸)だったかもしれない可能性を検討できていない
  • 幸福ではないゆえにこの議論に参加すらできない人がいる可能性を検討すれば、自分の幸福を論拠とした社会システムの肯定はただの生存バイアスである
  • そもそも時代によって人口分布も技術水準も人間の行動も変容するため、それに合わせて最適化する必要は常にある

などを反論とし、「大学に行くべきなのか」を様々な視点から再検討する必要がある、という前提で話を始めます。

そもそも我々はなぜ大学に行くのか、行ったのか

とりあえず、本件を考えるにあたって、嫁も大卒だったため、2人で「そもそもなぜ大学に行ったのか」について、自分の周囲の友人の事例なども交えながら討論してみました。

色々とすったもんだ話しましたが、結局のところは

何らかの学びたいと感じる学部や学科などの「学問系統」があったから

という「探求性学習を理由にした進学」的要素と、

その学習の先に何らかの職業が存在した、または想定する職業が無い場合にも総合職としての選択肢が広がるから

という「必要性学習を理由とした進学」的要素の、

2つの理由が存在しているように感じました。

これらは入り混じっているケースが多く、最も中庸的な感覚としては、

就きたい職業が明確でないため、進路が限定される必要性学習としての専門学校などに入るのは避けたい。だから、うすーい理由を作ってとりあえず興味がゼロではない学問系統の学部に進路を設定しつつ、進学後に偶然その学問にハマったら学者や専門家や技術者になれる可能性もあるし、そうならなかっても大卒パワーで総合職に就けるよね!

という感じでしょうか。

つまり

  • 「うすーい興味が、本当の探求に繋がったらいいな!」という探求性学習ベースの願望
  • 「特定の大卒必須職業に着けたらいいな!」または「そういうのが見つからなくても、転んで総合職に就けたらいいな!」という必要性学習ベースの願望

2つが入り混じって、「大学に行く」という決断に繋がっていると言えます。

では、実際はどうなるか。

ここから検証していきましょう。

大学に行って願望は達成できるか?ROIは最適化されているか?を検証

さて、まずは

「うすーい興味が、本当の探求に繋がったらいいな!」という探求性学習ベースの願望

について見ていきましょう。

うすーい興味が、本当の探求に繋がるか

これに関しては、統計的に見てしまえば、「ほぼ叶わない」と言ってしまえるのではないでしょうか。

大学に行って、期待通りの勉強ができて、探求的な学習に繋がった!という人はどれくらいいるでしょうか?

ちなみに、2022年に文科省が実施したアンケートでは、

「具体的な目標・目的をもって主体的に学んでいる」

という最も探求性に関連しそうな項目で、「そう思う」と明確に回答できたのは26.1%という結果でした。

うーん・・・何だったら思ったより多いくらい。

逆に言えば、3/4くらいの人間が「探求的」の手前である「主体的」にすら到達できていない事が分かります。「学びたいから学ぶ!」という状況になることを願って大学に進学した大多数の生徒の願望は叶っていない。

そもそも、小中高と12年間も箱庭に閉じ込めて受験用の認知学習ばかりさせていた人間が、まともに自分の探求性学習に到達できるようになっているとは思えません。

これはもう、「大学の授業がどんなものか分からないから、どうしてもミスマッチが起こる」みたいな種類の話ではない気がします。

上記なら「できるだけ事前に調べる」とか「オープンキャンパスだなんだ」とかで、多少は改善できる気もしますが、その手前でそもそも「本物の学者や技術者になるために必要な探求性学習自体ができない、やり方が分からない」という状態で大学に進学してしまっているというのが根本的な原因だと思います。

もちろん全くのゼロではないでしょうが、科学的な視点で「著しく成功率の低い」という状態だと言えそうです。

つまり、上記の願望を持っている人間は、大学に行く整合性が低いという事です。

そもそも、18歳というタイミングで無理やり「探求性学習」を目的に大学に行かせる、というフローの方が設計不備があります。

探求性のスイッチは、ある程度促すことは可能でしょうが、そもそも様々な経験によって、人によって年齢もタイミングも全く違って起動するものです。

18歳での大学進学で探求性学習を目的にしてしまうのは、その手前に「思春期などの重要な時期で多角的経験を積む必要がある」「進学のためだけにも、相当に広範囲な受験勉強に時間投資する必要がある」という2つを考えれば、無理があると言わざるを得ません。

受験勉強しかしてこなかった人間が、どうやって「心理学部か法学部か、どちらが自分の探求性学習になりえるか?」を判断するのでしょうか。受験勉強に心理学も法学も無いのに?

もはや意味不明です。

言い方を変えると、「何かを学びたい」という本当の意味での探求性学習のために大学に進学するなら、高確率で18歳では無い時の方が良いタイミングであると言えます。

逆に、欠陥のある設計で「中高の貴重な6年間を費やして」大学に探求性学習のために進学するのは、よほどのレアケースでなければ合理性に欠けます。

特定の大卒必須職業に着けたらいいな!という願望は叶うか

次に、こちらです。

大卒が必須な職業に就くという必要性学習のために、大学に進学するという願望ですね。

この場合は、明確に進学するべきだと言っていいでしょう。

大卒が必須でなくても、資格や学習環境の問題などで、大学に進学することが最もROIが良くなるケースはあります。

医師、薬剤師、獣医師、教員、 宇宙飛行士、博士などが代表的です。

ただし、この場合には

「そもそも18歳の時点で、なぜそこまで高コストな職業を指定するのか?その合理性はあるのか?」

という問題点が発生します。

上記のような仕事は、決して労働環境が良いとも言えず、私のような起業家と比べて収入が良いわけでもありません。

超明瞭な理由、または志などが無い限りは、18歳の時点で上記の職業にキャリア固定することに合理性があるとは思えません。

もし親や周囲の環境が「全くもって世間を何にも知らない」という事なら、上記の職業群に対して「優良な仕事だから」という風に捉えてもおかしくないですが・・・。

私からすると、中高の6年間と、大学の6年間を投資してまで手に入れるような職業群かと言われるとはなはだ整合性に欠けます。

「週に3日くらい働いて楽しい仕事して年収数千万円、ストレスゼロ」くらいの働き方なら、自分でビジネスを作ればいくらでも到達できるのを知っているからです。(私自身も、そして私の顧客や友人たちも、そういう人がゴロゴロいます。)

ビジネスを覚えるのに、「中高6年間と大学6年間の膨大な勉強時間と立派な資格」は全く必要ありませんので、上記の「大卒必須職業に着けたらいいな!」という必要性学習による大学進学理由は、

ビジネス覚えた方が圧倒的にリターンが大きくてインベストが少ない(しかも自由度が高くて選択肢が多い)

という結論に容易に到達します。

上記のROIを覆すくらいに、信じられないくらい大きくて強固な志がある場合のみ、本願望での進学は合理性があるという事になります。(小さい頃に死にかけて、名医に助けてもらって、絶対に名医になる、ならないと生きている意味がない!とか)

そういう特定の志望職が見つからなくても、大卒パワーで総合職に転びやすいよね!という願望について

さて、最後にこれです。

これは、まぁ一定の整合性のある願望になっています。

実際、大卒以上に条件設定している大企業などもあるようで、なんだかんだで大卒だから新卒入社しやすいというパワーは存在しています。

ただ、そもそもですが先ほども言った通り

やりたいことが無いから中高6年間と大学4年間をインベストして、リターンで大企業勤務を得る

というのは、「ビジネスを覚える」という行動と比べると、著しくROIが悪くなります。

これは、周りにビジネスを極めた人間がいないと気づけない隠れた事実なので、仕方がないともいえるのですが、実際には私の周りだと完全に上記の感覚です。

そもそも、ビジネスというのは「やりたいこと」を軸に作っていくため、ビジネスをやればやりたいこと自体が見つかって、そのまま2年から3年程度の実務経験をインベストにして、大企業で働く何倍も良い条件で仕事ができます。

ROIは比べるまでもありません。

さらに、そもそも本質的に就職に有利なのは「大卒」だからではなく、

  • 一定以上の論理力があるから
  • 人を動かせる何らかの力を面接官に発揮したから

の2点によるものです。

超一部の企業を除けば、「大卒だから」で純粋に採用することは無く、上記の「論理力」と「人を動かす力」によって採用し、それを多少裏付けてくれる材料として大卒かどうかをチェックする程度でしょう。

逆に、「圧倒的な論理力と人を動かす力」があるにも関わらず、大卒じゃないからと不採用になったとしたら、そういった会社には入社するべきではないとも言えます。

で、そうなると結局必要なのは

中高大10年間をインベストして「大卒」を得る

というよりも

その10年間で「論理力と人を動かす力」を身に着ける

方に充てた方が、圧倒的に合理性が高くなってしまいます。

言い換えれば、職業選択の自由は「大卒」によってではなく、「圧倒的論理力と人を動かす力」で得られるわけです。

結論

さて、全体を整理しましょう。

まず「探求性学習を見つけるために大学進学する、そのために高校受験する、そのために中学で勉強する」というインベストについてです。

こちらについては、

「思春期活動と受験勉強を両立すると、必然的に探求性が発見できずに進学後に高確率でミスマッチするため、推奨しない」

という結論です。

「良質な勉強をするために18歳で大学に行く」というのは根本的に無理があるため、中高6年は思いっきり思春期をやって、受験のための勉強なんてやめさせて、探求性学習に振った方がまだマシです。

で、何か本人なりに勉強してみたいことが見つかった時期に、何歳だろうが改めて大学に進学すればよろしい。それが探求性学習を大学に求める際の最適解でしょう。

次に、「特定の大卒必須職業のために大学進学する、そのために高校受験する、そのために中学で勉強する」というインベストについてです。

これは、中学1年生の時点で、超明確な志がある場合を除いては、合理性が低い選択肢になります。

なので、13歳で超明確な志や理由がある!というケース以外なら、こんな不毛なインベストを辞めて、16歳から22歳の7年間程度を「ビジネスを覚える」に充てる方が、圧倒的にROIが良くなります。

もちろん、人生はいつ「大きな志」ができるか分かりません。

ただ、その場合はあとから大学に進学すればよろしい。探求性と一緒で、必要性が出てきてからいつでも学習しなおせるし、進学もできます。

最後に、「職業選択の幅を広げるために大学進学する、そのために高校受験する、そのために中学で勉強する」というインベストについてです。

これも、アホです。

なので「論理力と人を動かす力を身に着ける」というインベストで最適化できます。

18歳で大学に行くのは合理性に欠ける

ということで、結論としては

18歳で大学に進学するのは合理性に欠ける

という事になりました。

そして、18歳で大学進学するという選択肢を放棄すれば、

「中高6年間の受験勉強」と「大学4年間」

という膨大な期間を別のことにインベストできます。

これを、まずは

①探求性学習

に充てることで、「18歳で大学進学」よりも圧倒的に高いROIで探求性学習に到達できます。

そして、つぎに

②圧倒的な論理力の獲得

に充てることで、「18歳で大学進学」よりも高いROIで職業選択の自由を獲得できます。

最後に、

③ビジネスを覚える

に充てることで、「18歳で大学進学」よりも高いROIで良質な労働条件を獲得できます。

そして、上記の過程や延長線上に、もし「探求性の発見」や「必要性の発見」があった場合には、ビジネスによってお金と時間が手に入っているので、悠々と勉強しなおして大学進学すればよい、という事ですね。

レアケースとして、

18歳までのどこかの時点で「探求性学習に到達している場合」「大きな志など超明瞭な必要性学習に到達している場合」

の2ケースに該当しているなら、18歳での大学進学を検討するべきでしょう。

 

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