こんばんは
がくちょうです。
最近私は、2つのオンラインコミュニティに所属しています。
というか、両方私が作ったんですが、それらを作った経緯についてと、これからの社会がどう変わっていくか?についてをまとめます。
自分の社会的価値を高めていくためのオンラインコミュニティ
一つ目は、大きく分類すると自分の社会的価値を高めていくためのオンラインコミュニティです。
これは現在「ファーストペンギン村」という名前で運営しています。
すごく簡略化して言うと
「仕事を通じて自己実現しつつ、経済的にも自立しようぜ!」
というビジョンを掲げており、そういった生き方を目指している人が集まって交流しつつ各自の目標に向けて行動しています。
ファーストペンギン村の目的は「教育機関」としての役割を安価に国民全員に提供することです。
もともと、私は独立してからマーケティングに関する指導業をやっていたのですが、そこで現在の教育モデルが時代とミスマッチしてきていることを強く感じていました。
ミスマッチの内容はいくつかありますが、最も大きなものを説明します。
生き方のモデルケースの多様化による大量の迷子発生
一番大きく感じたのはこちらの問題です。
ITの進歩によって情報化社会となり、これまでのように「こんな風に生きれば人生はOK」という1つの正解で全員を誘導できなくなってきています。
SNSなどのメディアを通じて様々な「成功事例」を目にする機会が増えてしまい、「自分の道はこれで正解なのか?」「ほかにも正解があるんじゃないか?」という風に道に迷う人が増えています。
そこの需要に対して、
- キラキラ起業
- 自分らしく輝く
- 強みを活かす
- 好きなことで生きていく
などの「生き方に対しての提案」が供給サイドとして活性化していて、もはや「大・自己啓発時代」とでもいえるような状況です。
学校などの既存の教育モデルは、生き方のモデルケースを「進学して⇒会社に勤める」という1つに絞ってきたため、「多様な生き方自体から提案する」という供給ができません。
そこを、「目指す生き方自体から提案するような機関」としてオンラインサロンが流行しているという流れになります。
オンラインサロンの問題点
上記の流れがあるので、ほとんどのオンラインサロンは中心に「何らかの目指す生き方」を提案しているオーナーが存在しています。
そして、それらのオーナーが提案する生き方には、各自表現方法は違っても、全体として「自分の人材価値を高めようぜ」という「人材育成」や「教育」の方向性が含まれているはずです。
これはつまり、根底には「自分がどう成長していって、どう社会で活躍すればいいのか分からない」という人が増えている背景があり、言い換えればオンラインサロンは「既存の教育モデルの穴を補完する役割を果たしている」という事です。
しかし、残念ながら現状ではオンラインサロンは役割を果たし切れていません。
そもそもの問題は、
- 「IT化によって多様な生き方を目にすることが増えた」
- 「自分がどんな生き方を選択するべきか迷う」
という部分です。
つまり、生き方を選ぶためには「ネットで見れる程度の情報」だけでは足りないという事を意味しています。
では何が必要なのか?
私はそれが「身近な友人の事例」だと考えています。
例えるなら、
「遠くで活躍するスーパーロックスターにあこがれてギターを始めたけど、ロックバンドを続けながら10年フリーターをしている友人の話を聞いてギターを辞めた」
「正直に言って、福祉に関する仕事なんて心のどこかで下に見ていたけど、実際に現場で働く友達の熱い思いや将来の夢を聞いて、自分も働いてみたくなった」
という事です。
遠くから見える景色と、近寄って見える景色は全然違います。
今のオンラインサロンのほとんどは、有名人が中心になって遠くからみんなが眺めているような状況になっており、この形態では問題の解決にはなりません。
大きな方向性として「目指す生き方」が同じ人たちが集まってきたとしても、その中で細かく細分化される生き方をユーザー同士が深く交流し合うことで共有していき、「身近な友人の事例」を参考にして「自分が目指す生き方」をそれぞれが見つけていけるようにしなくてはいけません。
オンラインサロンは、今後数年で
- 中心に「特定の人」ではなく「言語化された目指す生き方」が存在している
- オーナーと近い距離になれた数名だけが受益できる(目指す生き方が明確になって行動が促進される)のではなく、ユーザー同士がN対Nで交流し合うことで全員が目指す生き方を具体的に明確にして行動していける
という2つの変化を起こす必要があります。
上記ができた時に、現代の教育モデルが抱える穴を補完できるようになるでしょう。
ですが、
- オンラインという気軽さ
- 深い交流による身近な事例の獲得
の2つは、相反関係にあります。
「オンラインで誰でも手軽に参加できる」んだけど、「ユーザー同士がお互いに深い関係性が築ける」という2つの矛盾する要素を両立する必要があるのです。
6年以上の研究の結果、私は現在日本でおそらく唯一、上記の問題を解決するためのUXイノベーションに到達しています。
その方法論については、今年2020年の5月から本格的に広めていく予定になっています。
オンラインサロンは教育機関である
少し話がずれましたが、上記の話は全て
オンラインサロンは教育機関である
という前提に立ったものです。
言い方を変えると、この社会には
成長して社会で活躍する
という無言の圧力が存在するという事です。
最近では、「活躍すること=金銭を大量に獲得すること」という前提は崩れてきています。
しかし、「成長して社会で活躍するべし」という前提は強固に崩れず存在しています。
成長して活躍しなくてはいけないという強固な前提のもと、その活躍する方向性や成長する手段が多様化してきているので、それをオンラインサロンという新しい教育機関で補完しているという構造になっているのです。
そして、この「成長して社会で活躍するべし」という前提は、近代科学の誕生とともに発生し、資本主義による計測システムとともに強固になってきたものです。
想像してほしいのですが、例えば武田信玄が統治していた甲斐地方に住む農民が、1530年頃に今の我々のように「人間は成長して社会で活躍するべきだ」という強い前提を持っていたか?という話です。
おそらく、今の近代化された社会に住む成人のほとんどが持っている「大人になったら成長して社会で活躍しないといけない」という前提は、実は近代になってから初めて存在したものなのです。
その「成長して社会で活躍するべし」という前提、言い換えると「たくさんの人にすごいと褒められるような人間になるべきだ」という強迫観念は、現代になってSNSの発達と共に「願望」に昇華されました。
これまでの「成長して⇒金銭を大量に保有できるようになり⇒金銭の保有を物質的資産として周囲に誇示することで⇒たくさんの人にすごいと褒められる」という工程が、SNSによって「成長する⇒SNSで直接たくさんの人にすごいと褒められる」という風に短縮され、よりたくさんの人が分かりやすく取り組めるようになったからです。
今の人は「お金を稼いで大きな家や車を見せびらかす」よりも、「手っ取り早くSNSでたくさんの人に褒められる」方が効率が良いと気づき、行動するようになりました。
アフターSNS時代の評価経済とか価値経済とか呼ばれる「新しいように見える社会システム」にも、その根底には結局のところ「成長して社会で活躍するべきだ」という強固な前提や固定観念が存在します。
しかし、それらは1530年の甲斐地方では少なくとも「一般的」ではなかったことを、私たちは改めて認識するべきです。
すべての人は、生まれただけで価値があり、同時に何の価値もないとも言えます。
成長も社会での活躍も、塾の先生やインフルエンサーやマークザッカーバーグがあなたに期待していることではあっても、神に期待された行為ではありません。
「成長と活躍」は、私たちにとって「選択可能なオプション」なのです。
そして私の見立てでは、21世紀はそれらの強固な前提が崩れていく世紀になります。
自分の内面的価値を高めていくためのオンラインコミュニティ
私は2019年から、2つ目のオンラインコミュニティを運営し始めました。
名称は「アタリメフルボディーズ」通称「アタリメ団」という団体で、スプラトゥーンというEスポーツタイトルのチームという形態でスタートしました。
そもそも、私は数年前からEスポーツというジャンルが、今後の社会にとって大きな存在になっていくという予感や予想を持っていました。
成長と活躍がオプションになった時代で、人は趣味や興味を今までより強く追求するようになるでしょう。
その中で、成長のポテンシャルが最も高いのがEスポーツだと考えているのです。
ですから、これから急激にひとものかねなどのリソースがEスポーツ業界に流れ込んでいき、大きなビジネスチャンスになるのではないかと予想していました。
そこで、自分自身が非常にハマったタイトルであるスプラトゥーンというゲームにおいて、業界にとって必要なものをまずは作ってみようということで、「30代以上に限定したスプラトゥーンのクラブチーム」という位置づけでアタリメ団を設立しました。
Eスポーツは、ゲーム側が急激にその「スポーツ性」を高めていっていますが、プレイヤー側の環境が追い付いていませんでした。
スプラトゥーンも、「4対4で戦う」「瞬発力やチームワークや戦略理解が必要」など、もはやリアルなスポーツよりもスポーツ性が高い状態になっていますが、それを競技として楽しむためのユーザー側の環境が全く整っていません。
気の合う人達とチームを組んだり、講習や練習会で戦略理解を深めたり、目標をもってチーム練習に励んだりするといった、通常のスポーツなら当たり前に行われていることが全く機会提供されていないのです。
結果として、スプラトゥーンの本来の楽しさを享受できている人は、ユーザー全体の10%にも満たない状況になっています。
そこで、上記のようなスポーツ性をユーザーが楽しめるための「受け皿としての団体」を設立することにしました。それが前述したアタリメ団というクラブチームです。
30代以上という年齢制限をつけることで、同世代効果で交流しやすくし、スプラをスポーツにする!という明確なビジョンを掲げることで、上記の目的を達成しやすく設計してあります。
結果は大成功でした。
アクティブ率はあり得ないほど高くなり、ユーザー満足度は私が創造していたレベルを超えていました。
そして設立から1年が経ち、改めて今後の方向性を考える時期になっています。
そこで私は、改めてこのアタリメ団というチームが、自分の中で、そして社会全体の中で、どういった位置づけや役割を担っていけるのか?について考えていました。
その結論が、「内面的価値を高めるためのコミュニティ」です。
コミュニティの2つの方向性と未来
分かりやすいように対比構造で説明します。
まず、社会状況の大前提として「情報化社会による生き方の模範例の分散」があります。これは前述したとおりです。
もちろん、これまでもいろんな生き方をしている人はいたのですが、情報化によってそれらの情報に触れる機会自体が増えたので、「そんな生き方もあるんだ」「じゃあ自分はどんな生き方をするべきだろう」という感じで、みんなが自分の「生き方」について選択しようとする機会も増えています。
分かりやすく言うと、みんなが目をつむって大学に行き、たばこを吸ってマージャンをしてバイクに乗って、就活して大企業に入って頑張って定年まで働くだけが答えじゃないと考え始めたわけです。
もはや「生き方」は「自由化」したのです。
この「生き方の選択機会の増加」に対して、2つのコミュニティが存在していきます。
1つ目が「社会的価値を高めるためのコミュニティ」
もう1つが「内面的価値を高めるためのコミュニティ」です。
枠組みの違い
社会的価値を高めるためのコミュニティの特徴は
成長して活躍しようぜという前提の上に存在する枠組み
です。
それに対して内面的価値を高めるためのコミュニティは
充実して満足しようぜという前提の上に存在する枠組み
と言えます。
前者は20世紀で広まった前提で、後者は21世紀で広がっていく前提になります。
成長して活躍しようぜ!と言われても、その方向性が多様化しているから選択に困る⇒方向性とサンプルを提示してくれるコミュニティ(オンラインサロン)に人が集まっていく
同じく、充実して満足しようぜ!と言われても、その方向性が多様化しているから選択に困る⇒「どうやって充実したり、満足したりするのか」についての方向性とサンプルを提示してくれるコミュニティに人が集まっていく
というイメージです。
両者ともに「生き方の自由化」に対して「方向性とサンプルの提示」という解決策を提供しているという点では一致していますが、立っている枠組みが違うのです。
方向性の提示内容の違い
例えばファーストペンギン村では
仕事を通じて自己実現しつつ、収入と労働時間をコントロールしようぜ
という「方向性の提示」を行っています。
前提には「社会的価値を高めるべし」つまり「成長して活躍するべし」という考え方が存在し、そのうえで
- 「どんな風に成長していくべきか」
- 「どんな風に活躍していくべきか」
という方向性について、上記のように明確化しているのです。
これは、1つの方向性であって、他にも例えば「ベンチャーを立ち上げて骨身を削って働き、社会にイノベーションを起こして世界を変革しようぜ」という方向性の提示もあり得るでしょう。
「楽して山ほどお金を稼いで、金融資産を増やして早期リタイアしようぜ」という方向性の提示もあり得ます。
色んな方向性がありえる中で、ファーストペンギン村は前述した方向性を提示しており、同じ方向性を目指す人たちが集まってきているという話です。
では、アタリメ団ではどのような方向性の提示ができるか?
例えば
Eスポーツ(主にスプラトゥーン)を通じてチーム競技の楽しさを存分に味わおうぜ
と表現できるかもしれません。
前提には「内面的価値を高めるべし」つまり「充実して満足するべし」という考え方が存在し、そのうえで
- 「どんな風に充実していくのか」
- 「どんな風に満足していくのか」
という方向性について、上記のように明確化していることになります。
行動方針の違い
繰り返しますが、コミュニティは「生き方が自由化」された時代において、「方向性とサンプルを提示し、ユーザーに迷いない人生を歩んでもらう」ための解決策になり得ます。
そういった解決策として機能させるためには、
- 方向性が明確になっていること
- 行動方針が明確になっていること
- ユーザー同士がN対Nで相互に深く交流できること
が重要です。
上記3点が実現できると、ユーザーは下記のような流れでサクセスしていきます。
- ユーザーは多様化する生き方の事例の中で、自分はどんな生き方を目指せばよいのか迷っています
- ユーザーはコミュニティを見つけ、そこに「こんな生き方を目指そうぜ」という特定の方向性を感じ取ります
- ユーザーは自分に合った方向性のコミュニティを見つけたら、自分もその生き方を実現することを目指して入会します
- ユーザーは入会後、ユーザー同士で深く交流する中で様々なサンプルに触れ、自分が目指すべき具体的な方向を見つけることができます
- ユーザーはその後、コミュニティ内に存在する「行動方針」に則って行動していくことで、実際に目指す生き方を実現することができるようになります
これが、カスタマーサクセスの流れです。
つまり、ソリューションとしてのコミュニティには「こんな生き方を目指そうぜ」だけではなく、「そのためにこんな風に行動しようぜ」という行動方針が必要なのです。
ファーストペンギン村では、その行動方針として「挑戦」「貢献」「学習」の3つを掲げています。
そして、内部メディアを通じてその3つの行動方針の事例を紹介し、実行を評価し、成功事例を見せることで、行動を促進しています。
ユーザーは内部メディアを見ることで、
- あ、そんな風に行動すればいいんだ(事例の理解)
- あ、実際に行動したらそんな風に褒められるんだ(評価システムの理解)
- あ、行動した人は本当に目指す生き方を実現しているんだ(成功への道筋理解)
という3つの理解を通じて、行動を強化していきます。
アタリメ団では、ビジョンは
Eスポーツを通じてチーム競技の楽しさを存分に味わおうぜ
だとすると、そのための行動方針は
- 目標(目標をもって取り組んでこそ、競技としての楽しさを味わえるよね)
- 協力(誰かと協力して取り組んでこそ、チームの楽しさが味わえるよね)
- スポーツマンシップ(子供に誇れる精神で取り組んでこそ、スポーツだよね)
という3つを掲げることができるかもしれません。
コミュニティはオンライン化する
コミュニティがソリューションとして存在していくという話に加えて、コミュニティのオンライン化についても話します。
コミュニティは大雑把に「居場所」だと言い換えることができますが、居場所には目的が存在します。
そして、20世紀型の枠組みにおける「社会的価値を高めるためのコミュニティ」は、言い換えると「学び(のため)のコミュニティ」です。
それに対して、21世紀型の枠組みにおける「内面的価値を高めるためのコミュニティ」は、言い換えると「遊び(のため)のコミュニティ」と表現できます。
では、なぜ今「コミュニティ」だけでなく、「オンラインコミュニティ」が注目されているのか?
それは、つまり「学び」も「遊び」もオンライン化してきているからなのです。
例えば、バイク仲間で集まるコミュニティと言ったら、現代ではおそらく「オフライン=リアルな集まり」になります。
裁縫を学ぶためのコミュニティと言ったら、それもおそらく「オフライン=リアルな教室」が必要になるでしょう。
しかし、テクノロジーとデバイスの進化によって、学び方も遊び方も、どんどんオンライン化してきています。
実際に、リアルにツーリングしていると勘違いできるほどのゲームが出てきていますし、ほとんどの学習がオンライン化してきています。
オンラインでも体験を共有できるなら、土地や移動の制約に縛られたオフラインコミュニティを採用する必要はありません。
日本全国、世界中から「気の合う仲間」を見つけた方が効率が良いからです。
今後、ほとんどの「精神的充足を得るための活動」がオンライン化するでしょう。その時、コミュニティの中心はオンラインになり、オフラインコミュニティはオンラインコミュニティを補完する役割になっていくと思われます。
2種類のコミュニティの往来と移行
今回説明してきた2種類のコミュニティは、相互に補完し合う関係性にあります。
例えばですが、「成長して活躍するべし」という前提に立っている「社会的価値を高めるためのコミュニティ」では、メインとなる活動は自分の価値を高めたり、収入を上げたりする行為です。
しかし、そこで活動をしているうちに、徐々に「そもそも人の役に立つことが楽しい」「挑戦を繰り返すこと自体が精神的充足に繋がっている」「学ぶこと自体が楽しくなってくる」など、「内面的価値を高める=充実して満足する」ことにも繋がっていくからです。
逆に、「充実して満足するべし」という前提の「内面的価値を高めるためのコミュニティ」では、メインとなる活動は趣味を突き詰めたり、みんなで遊んだりする行為です。
ですが、そこでの活動を深めていくと「趣味の技術を人に教えていくことで誰かに貢献できている」とか「自分を成長させていく方法を理解していく」など、「社会的価値を高める=成長して活躍する」ことにも繋がっていきます。
両者は入り口が違えど、最終的には交わっていくのです。
ただし、
「どちらが人間としてのより強い欲求になっているか?」
「どちらが今後の人間社会におけるスタンダードになっていくか?」
という視点で考えると、おそらく今後は
- しばらく、人は社会的価値を高めるコミュニティと内面的価値を高めるコミュニティの両方に所属することになる
- 社会的価値を高めることに成功した人は内面的価値を高めるコミュニティに比重が移っていく
- そもそも時代が変わって社会的価値を高める必要性が薄れていくと、ほとんどの人が内面的価値を高めるコミュニティに比重を移していく
という流れが予想できます。
実際に、私の設立した2種類のコミュニティの両方に参加しているメンバーが数名いるのですが、明らかに上記のような動きになってきています。
- 社会的価値を高めたい、または高める必要がある時(より多くの収入が必要になったり、承認欲求を満たしたくなったりした時)には、ファーストペンギン村に多く出現するようになる
- それらが必要なくなった時(承認欲求が十分満たされている時や、収入のための努力の必要性が下がった時)には、アタリメ団に多く出現するようになる
といった具合です。
そして、彼らを見ていると明らかに
人間は社会的価値を高めるよりも内面的価値を高める方を優先する
事が分かります。
つまり、「成長して活躍するべし」という強迫観念や固定概念、社会全体の圧力が下がっていけば、だれもそんなことは本当は面倒でやりたくなかったのだという事です。
今後しばらくは、この「ダブルスタンダード」なコミュニティ所属状態から、本人の必要性に応じて徐々に往来を繰り返しつつ、時代と共にゆるやかに移行をしていくというイメージの元に、運営をしていく予定です。
整理すると、
- 2種類のコミュニティは、「大自己啓発時代」における「ソリューション」としては同じ役割を担っている
- そのため、内部に必要とされるUXもほとんど同じものになる(文化の明確化・内部メディアによる強化・小規模グループワークによるチュートリアルとNN効果)
- ただし前提となる枠組みがちがっているため、目指す状態と得られる報酬が変わってくる
- 人間は内面的価値を優先する傾向があるが、現段階の社会では社会的価値を高めることは最低限必要である
- そのため、当面はダブルスタンダードで動きつつ、自身や社会の変化で社会的価値を高める必要が無くなり次第、内面的価値を高めるコミュニティに主軸を移していく人が増える
という事になります。